東京高等裁判所 昭和43年(ネ)51号 判決
一筆の土地の一部を分割して買受けたため、その買受地がいわゆる袋地となり、公路に至るため隣接地を通行することが必要であるとしても買受地以外の分割地(分割前買受地と一筆の土地であつた部分)のみを通行すべきものであること明らかであつて、その分割地に人車の通行しうる余地がないからとて、それ以外の第三者の所有に属する土地についての囲繞地通行権は認められないものといわなければならない。この理は買受人からその買受けた土地を賃借している者にも同様であり第三者の所有地につき囲繞地通行権が認められないことは明らかなところであつて、(借地権者に民法第二百六十七条の準用による通行権があるかの問題である。最高裁判例集第十五巻第三号に肯定的判例もあるが、本件とは事情が異る。なお借地人には、地主の通行権を行使できるので、元来土地と土地との関係である地役権である通行権を法文外に拡張できるかは疑問であろう)この点から、控訴人会社に本件(一)(二)(三)の土地についての囲繞地通行権を認める余地はないものといわざるを得ない。(中略)控訴人浅野は、昭和二十五年四月頃より、原審脱退被告倉片から、その所有に係る丙地上の家屋を賃借し、それに居住してきたこと、昭和三十三年四月頃、倉片から右家屋を買受け、また、同年五月頃には、丁地上の倉片所有の家屋をも買受けて、それぞれ右各家屋の敷地(丙、丁地)につき、その所有者倉片との間で賃貸借契約を締結して、賃借使用、今日に至つていることを認めることができる。
右認定の事実に、前段認定の、被控訴人会社が本件(一)(二)の土地を昭和四十年六月に倉片から買受けた事実を併せ考えると、控訴人浅野が上記のように丙、丁地につき倉片との間で賃貸借契約を締結するに際しては、倉片との間で、当時倉片がなお所有していた本件(一)(二)の土地につき、少なくとも黙示的に、その通行(通常の人の出入)を認める旨の合意があつたことは推測できないではない。
然しながら、控訴人浅野が昭和三十五年四月頃、右倉片から本件(一)(二)の土地につき、普通乗用自動車をもつて通行することの承諾を得たとの控訴人の主張については、右主張に副う原審証人浅野千鶴代の証言および原審における控訴人浅野忠行本人尋問の結果は、いずれも、原審証人田畑太市の証言および原審における原審脱退被告倉片謙吉本人尋問の結果に比照するとき、たやすく信用し難いところであり、また原審証人小川美男、同恒良昭彦の各証言中の控訴人の右主張にかなう部分は、いずれも控訴人浅野又は同人の代表する会社の専務らからの伝聞を述べているものであること各証言自体から明らかであつて、同じく措信できず、他に控訴人浅野の右主張を認めるに足る証拠はない。
然るところ、控訴人浅野は更に、上記丙、丁地は、いずれも袋地であるから公道に出るため、本件(一)(二)の土地につき囲繞地通行権があると主張するので進んでこの点につき判断するに、
右丙、丁地がいずれも所沢字江戸道西百七十四番の一の土地の一部であることは、控訴人浅野の自陳するところであり、成立に争いのない甲第六号証、同乙第八号証、朱線を除いて成立に争いのない甲第一号証によれば、右百七十四番の一の土地は現に原審脱退被告倉片謙吉の所有に属する土地であり、且つ公道に面する土地であることをいずれも認めることができる。さすれば、控訴人浅野は公道に面する一筆の土地(字江戸道西百七十四番の一)の公道に面しない部分(丙、丁地)を賃借しているものであること明らかである。そうである以上、賃借人である控訴人浅野は、当然賃貸人倉片との間において、その賃借部分(丙、丁地)の用益上必要事項として、公道に通ずる為倉片所有の百七十四番の一の土地の他の部分の利用につきなんらかの取極めをなすべき、また為することを得る筋合のものであつて(上記判示のように本件(一)(二)の土地がなお倉片所有に属していた当時、控訴人浅野と倉片との間で本件(一)(二)の土地につき黙示的にその通行を認める合意がなされていたとしても、右合意は第三者である被控訴人会社に対しては対抗し得ないものであるから、これに替る取り極めを為すべきである)、丙丁地をもつて、ただちに、右倉片以外の第三者たる被控訴人会社の所有に属する土地(本件(一)(二)の土地)につき囲繞地通行権をもついわゆる袋地というを得ないものと解するを相当とする。
(毛利野 石田哲 矢ケ崎)